私は1958年に米国の大学の社会学博士号を取得した。「米国の家庭情況」というのが私の博士論文だ。
私がもうすぐ論文を書き終える時、ある教授が「米国社会を理解するためにも外国に行く必要がある。外国と比べないでは自分の国も書けない」と言った。その後、教授は私のために海外留学の奨学金を申請してくれ、「近代化はしているが、米国とは違う文化の国」を探すよう私に言った。
私は日本へ行き、そこで2年間過ごした。1年目は日本語を学び、2年目は日本の家庭を調査した。私はある小学校へ行き、学校に6つの家庭を紹介してもらった。私はその6つの家庭をそれぞれ訪ねた。彼らは私に非常によくしてくれた。ただ表面的にいいのではなく、心からのもてなしを受けた。私が彼らと知り合ったのは50年代末だが、今でも交友は続いている。彼らの子・孫と私の子・孫同士も友だちだ。