トロントに実家がある上級レベルの生徒さん、親戚に不幸がありしばらく実家に帰らなければならなくなった。いつこちらに戻れるかはっきり分らず、とりあえず彼は“バンクーバーに戻るとき先生に電話します”と言い残して実家に急いだ。そしてしばらくして彼から電話がかかってきた。当然トロントからの長距離電話だと思い、手短に“いつバンクーバーに戻ってきますか”と聞いたら“いまから学校に行ってもいいですか”である。びっくりしてしまった。何しろ“バンクーバーに戻るとき電話します”といったのだから・・・。この“戻るとき”と“戻ったとき”の違いは電話をかける場所が異なる。でも確かにこれは上級者でもなかなか 難しい。例えば“バンフに行くときセーターを買います”と「バンフに行ったときセーターを 買います」の違いは日本人はセーターを買う場所が違うことだとすぐ分るのに・・・ 「行く」と「行った」の違いでなぜそんなことが分るのか・・・生徒さんの疑問もよく分る。
家在多伦多的一名日语高阶学生,因亲戚遭逢不幸而不得不暂时返回老家。也不知道什么时候能回来,反正他就留下一句话“バンクーバーに戻るとき先生に電話します(回温哥华的时候给老师打电话)”,然后就匆忙回家了。不久之后,他电话打来了。我理所当然的认为这是多伦多打过来的长途电话,于是简短问道:“你什么时候回温哥华?”答曰:“我现在可以去学校吗?”听后我吃了一惊,因为他说的是“バンクーバーに戻るとき電話します(回温哥华之前会打电话)”……这个“戻るとき”和“戻ったとき”的区别因打电话的场所而异。不过这一区别确实对于高阶学生也很难。比如“バンフに行くときセーターを買います(去班夫之前买件毛衣)”和“バンフに行ったときセーターを買います(去班夫之后买件毛衣)”两句话的区别,日本人马上就明白买毛衣的地方不同……“行く”和“行った”的区别为什么会有这种不同呢……对于学生的疑问我也表示理解。
ビジネス敬語講座の中でもこんなことを話題にしている。友達と待ち合わせなどする 場合、昔は“家を出るとき電話する”が当たり前であり、「家を出たとき電話する」はとても不自然な日本語である。家の前に公衆電話などがあれば別だが・・・、一般的には 不可能である。しかし携帯電話の出現により・・・、“家を出たとき電話する”を可能に してしまったのである。“うーん”日本語もどんどん変わりつつある。日本語教師としては 大いに戸惑うところだが・・・、実際「家を出たとき電話する」のほうが時間的にはっきり するのでいいのかもしれない。