――割れた!
思わず、私の口から言葉がとび出した。瞬間、嫁さんは私の方に顔を向けたが、その顔は異様に歪んでいた。そして皿の割れたことを確かめるように、
――割れたね。
と静かに言った。
――勝手に、皿が自分で割れたんだ。
私は言った。(C)気持ちが、幼い私の心にも動いたのであろう。すると、相手は、いかにもおかしそうに声を出して笑い出し、丁度そこを通りかかった女の人を呼びとめた。そして私のことを相手に報告したらしく、こんどは二人の女が、私の方を見ながら笑った。二人の女の笑いにされたようなちぐはぐな思いを持った。
――この坊は、小さいくせに、本当に如才ない。
そんなことが言われでもしたような、その場の感じだった。私はすぐにそこを離れたが、(D)受けられなかったことの怒りと淋しさはあったようである。その嫁さんは、後年村でも評判のいい内儀さんになったが、私はその女性に対してずっと好感を持つことはできなかった。幼時の小さい思い出のためであった。
(井上靖『幼き日のこと』から)
1 (A)の中には、次のどの語を入れればよいか。
① しかも ② だから ③ しかし ④ さらに
|