「日本は中国に対して侵略戦争を仕掛け、大罪を犯したにも関わらず、中国の人々は日本人残留孤児を暖かい心をもって養い、彼らに第二の命をもたらしてくれました。大きく育った後に彼らを再び日本へ返してもくれましたし、なんと偉大なことでしょうか」
日本人残留孤児が中国で養ってもらった歴史を思い出すたびに、中国からの帰還者で現在は日中友好協会理事長である池田澄江さんは気持ちがこみ上げてくる。
現在66歳である池田さんは中国黒竜江省で生まれ、心温かい中国の家庭で育った日本人戦争孤児である。中国に住んで37年の彼女は、戦争のもたらした災いを身にしみてよくわかっている。「日本は中国侵略戦争の歴史をしっかりと見つめるべき。そして中国に対して謝罪するだけでなく、中国の人々が日本人残留孤児を育ててくれた寛大な気持ちに感謝をしなければならないと思います。」
池田さんの父親はかつて日本軍の中で会計を務めていたが、母親は家族と一緒に軍へついていった。1944年10月、戦火の激しいときに池田さんは黒竜江省虎林县虎林镇で生まれた。日本敗戦後、父親はソ連軍に捕虜としてシベリアへ連行され、母親は兄、3人の姉、そして生後10ヶ月の池田さんを連れて各地へ逃げ回った。当時、母親は母乳が出ず、食べ物も手に入らなかったので、仕方なく街を歩く人に池田さんを育ててくれるよう請い願った。心優しい李成義さんと王曙光さんが母親の願いに答え、その後養父である徐本志さんが彼女を引き取り養った。