
「美少女」という言葉は、20世紀前半に書かれた太宰治の短編小説「美少女」に由来する。細かく検証したわけではないが、日本の「無頼派文学」を代表する太宰治は「美少女」を執筆した頃、自らを「排除と反抗」の時代における「市井の小説家」と位置付けた。このような潜在的「排除と反抗」は、その後の日本美少女文化の潜在的パワーを示すものだったのかもしれない。
美少女コンテストをする文化
美少女文化を生み出すために、日本ではまず少女に注目する。「全日本国民的美少女コンテスト」は、スターの卵を発掘する、権威あるコンテストである。25年前から不定期に開催され、近年は3年に1回のペースで落ち着いている。参加者は12~20歳まで。2012年の第13回コンテストでは、10万人以上が応募した。
正確な数字ではないが、日本列島には千以上のミスコンがあるらしい。三大ミスコンである「ミス・ユニバース」「ミス・ワールド」、「ミス・インターナショナル」以外に、「ミス氷河」、「ミス芙蓉」などがある。国家規模のものもあれば、県規模、市規模のものもある。2~300人の小さな村でも「村一番の美人」を競ったりする。年齢で見ると、小学校では「可愛い天使」がいて、中学校では「一番の美少女」が、大学では「ミスキャンパス」がいる。年長女性も負けてはいない。彼女たちは「熟女クィーンコンテスト」に出場する。日本で一番人気のあるアイドルグループ「AKB48」は、全国から選ばれた数十名の14歳前後の美少女たちで構成され、「日本を代表する美少女グループ」と讃えられている。
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