当日の夜、曹操は張繍の叔母だった女性と、酒を飲んでいる。外に馬の鳴き声などが聞こえ、少し騒がしいことが気になって、聞いてみると、「張繍が夜間の定例パトロールをしている」と答えが返ってきた。夜中になって、陣営のあちこちでは、兵士の叫ぶ声が聞こえ、火が燃え始めた。ようやく異変に気付いた曹操は慌てて、典韋の名を呼んだ。泥酔していた典韋はすっかり寝込んでいた。慌てておきると、自分の武器が見つからない。隣の兵士から刀を取り、20人あまり斬った。それでも、張繍が率いる兵士はどんどん攻めてきた。典韋は人を切りすぎてボロボロになった刀を捨てて、両手にそれぞれ一人の兵士を持ち、敵軍を迎撃し、更に9人ぐらい殺した。
その時、典韋も全身傷だらけになり、血まみれで尚も悪戦苦闘を続けた。敵軍はおびえて、近づこうとする人がいない。遠いところで矢を射た。典韋は死ぬまで軍営の正門を譲らなかった。
典韋が死ぬまで、張繍の侵攻を拒んだため、曹操は結局裏の門から逃げ出しました。途中には曹操は腕に負傷し、乗った馬も矢が三発命中しました。河を渡って、曹操の馬は更に目に矢が命中し、倒れました。曹操の長男、曹昂は自分の駿馬を父親に譲ったため、敵軍に乱射され、死んでしまいました。
④ 曹操は元の妻に嫌がられました
曹操の第一夫人は丁夫人です。最初に結婚した女性です。
この夫人は子息に恵まれませんでした。曹操の妾で、曹昂を含めて、3人の子供を生んで、若くして亡くなってしまった人がいます。この亡くなった女性の3人の子供を、曹操はこの丁夫人にあげました。丁夫人はとても心の優しい人で、3人の子供を実の子供のように可愛がっていました。
自分の子供として可愛がった曹昂が亡くなって、丁夫人が一番悲しみました。心が痛むと同時に、夫の曹操を恨みました。「この好色男め、張繍に叛乱させ、曹昂を死なせた!」と、いつもいつも曹操の鼻に指差して罵倒しました。