
王:
その通りです。それに、日本の仏像というのは古い時代から現在に至るまで、日本人にとって、守護と相談の役割を果たしてきたが、今の若い世代にとって、仏像はどのような存在ですか。
薮内:
私の研究室は、2011年3月11日に津波で流された岩手県の陸前高田市の復興の手伝いをしています。善光寺というお寺から、津波で流された松の木で慰霊牌とメモリアルを作ってほしいという依頼がありまして、私の研究室の学生たちはお地蔵さんを作りました。彼らはその時初めて、仏像を作らなければないわけに気づいたのです。何百年にもわたって、町を守ってきた松の木は最後の最後になるまで町を守ろうとしましたが、結局は津波に流されていました。津波に流された人々と同じような気持ちを持つ松の木を使って慰霊の仏様を作るのは、今まで同じようなものを作ってきた学生たちにとっては、全然違う体験でした。そして、何度も現地へ行って、交流しましたが、その時に集まって来た方は、若い彼らが刻んだ仏像の前で手を合わせて涙を流さしていました。涙を流した後は、自然と微笑がこぼれていました。彼らはこれを見て、仏像というのは、まず手を合わせる存在だ、そして、最後に微笑みをくれるものだと気付いてくれたと思います。
「中国網日本語版(チャイナネット)」
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